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<<   作成日時 : 2009/10/10 22:55   >>

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いつも薬師堂の内陣は閉ざされているが毎年10月10日にご開帳がある。
人ごみを避けて前日に本堂を撮影しておいた。すでに奥の扉は開いて準備をはじめているところだった。
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さて本日、木造薬師如来坐像および脇侍日光菩薩月光菩薩十二神将を拝観した。
薬師如来坐像は平安時代末期以降の作と考えられているが、金箔もわずかに残る程度で古びた落ち着きがかえって心地よい。
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十二神将はそれぞれの持ち物が大半失われていて判別が難しいようだ。これも他のヒントで少しずつ推量していくというのも興味深い。また、来年の10月10日が楽しみだ。

以下、参考のため平成4年3月 国分寺市教育委員会の解説を引用しておこう。

■木造薬師如来坐像
―国指定重要文化財―(指定年月日=大正3年4月17日)
薬師堂に安置されている木造薬師如来坐像は、平安時代末期、あるいは鎌倉時代初期の製作と考えられ、作者は不明です。寄木造の漆箔仕上げで、像高は約191.5センチメートルあります。蓮華座に坐し、印相は右手が施無畏印、左手に薬壷を持っています。台座および光背は後代の補作と思われます。薬師如来は、日光・月光の両菩薩を脇侍とし、眷属として十二神将を従えていますが、当国分寺の十二神将は、頭部の墨書から元禄2年(1689)の作であることがわかっています。

■薬師堂
―市指定重宝―(指定年月日=昭和51年10月26日)
薬師堂は、建武二年(1335)新田義貞の寄進により国分僧寺の金堂跡付近に建立されたと伝えられているもので、その後、享保元年(1716)に修復されましたが、宝暦年間(1751〜1763)に現在地で再建されたものです。
堂内正面の長押(なげし)には、明和元年(1764)奉献された深見玄岱(げんたい)の筆になる、「金光明四天王護国之寺」の寺額がかけられていますが、この寺額は東大寺西大門の勅額を模したものです。

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